過去に行った困難な手術
過去に行った困難な手術
1991年ミュンヘンから帰国。現在の私の手術成績や業績はほとんどミュンヘンから帰国後になされたものです。 1992年から1998年までの6年間は高倉公朋教授の下で、数多くの急性期くも膜下出血の治療をICU医長として行い、また川崎医科大学ME教室、東京理科大学、芝浦工科大学、理化学研究所と共同研究を始めました。動物を用いた脳動脈瘤の研究とモデルを用いた流体力学的実験を進めました。私の研究成果のほとんどはこの頃になされたものです。1999年から2009年までの10年間は堀智勝教授の下で診療および研究活動に従事、彼は高倉先生と同じように学問に対して非常に寛容でした。この期間に巨大血栓化動脈瘤、巨大脳動静脈奇形、脳幹部海綿状血管腫といったそれまで手術が困難とされていた手術に数多く挑戦しました。東京労災病院に移動してからは、後輩脳神経外科医の指導の傍ら脳動静脈奇形、脳幹部海綿状血管腫の手術を行ってきました。
私が過去に執刀したいわゆる難しい手術の手術成績を紹介します。
困難な手術について
1)脳動脈瘤手術の手術
2003年4月~2012年3月までの約10 年間に脳動脈瘤手術359症例を執刀、そのうち140症例がくも膜下出血症例で急性期でした。難易度の高い後方循環脳動脈瘤の手術は62症例あり、中でも脳底動脈分岐部動脈瘤は16症例あった。1例は聴神経腫瘍に合併した症例で術後に片麻痺を合併したが、他の15例はすべて手術による合併症は生じなかった。椎骨動脈血栓化巨大動脈瘤は、12例執刀したが、1例術後転院後に窒息死した。今でもその患者さんとご家族が記憶に強く残っている。 また、脳動脈瘤のトラッピングのために血行再建術を必要とした手術は、STA-MCAまたはOA-PICA 吻合術:10症例、橈骨動脈を用いたhigh flow bypass:8症例であり、血行再建術は全例で成功し、吻合した血管が閉塞した症例はなかった。
2) dolichoectatic basilar aneurysm
もっとも予後不良で3年以内に死亡する確率が80%を越えると報告されている。通常のclipping等の外科的治療法が困難なため、脳底動脈閉塞+橈骨動脈を用いた深部血行再建術を4症例で旭川赤十字病院上山博康先生とともに行った。手術結果は血行再建術を行ったにもかかわらず、術後に脳幹部梗塞を合併し、手術成績は芳しくなく4例中1例のみが社会復帰が出来た。これらの手術方法と手術成績は脳卒中外科学会で報告し論文とした。東京労災病院に赴任してからは、この動脈瘤のバイパスによる手術を行っていない。現在はステントで治療することが主流になっている。
3) 脳幹部海綿状血管腫(pontine cavernoma)の手術
脳幹部の手術は手術合併症が無視できず、敬遠されてきたが、堀教授の下で9症例、東京労災病院で6例のpontine cavernomaの摘出手術を行った。1例で術後2度にわたって再発し摘出術を合計3度行った結果、顔面神経麻痺、眼球運動障害、小脳症状を術後に生じ、顔面神経再建術および眼球固定術を必要とした。1例では術後に小脳症状が残存し、現在もリハビリを継続している。他の13症例は社会復帰した。
4)巨大脳動静脈奇形 huge AVM (Spetzler Grade V)の手術
もっとも術後合併症の確率が高い脳神経外科の手術に、巨大脳動静脈奇形の手術がある。
現在までに6cm以上の大きさの脳動静脈奇形10例の摘出術を行った。1例で術中にNormal perfusion pressure breakthrough syndromeが生じAVM摘出後の出血が容易に止められず、術後に左片麻痺、左同名半盲を合併した。しかし19歳と若い年齢であったため脳の可塑性が強く社会復帰できた。前頭葉巨大AVMの2例では術後にocclusive hyperemia(AVM摘出に伴って深部drainerの閉塞が生じ脳出血を併発する病態)を生じ、術後3日目と7日目に脳内出血を合併し死亡した。術前、術後を通して神経学的に異常を認めずに回復した症例は4例(側頭葉AVM2例、後頭葉AVM2例)であった。